キリギスの首都ビシュケクにいます。
朝、街をウォーキングしました。
まだソ連感が残る街並ですね。
首都とは思えない山間の田舎街です。
でもここだけで人口170万人いるみたい。
西側のものなんて皆無です。
遠くに見える天山山脈も雪をかぶって美しいし、
緑が多くていいところですよ。
キリギス人は、
日本人に近い顔つきの方が多いです。
というか、
両国あたりにいそうな、
みんな朝青龍の親戚に見えます(冗談)
そして、
キルギス首都ビシュケクから、
約260キロ移動し、
イシク・クル湖にきました。
このイシク・クル湖は数々の伝説があるみたいです。
イシク・クル湖についてを
ホームページから抜粋します。
----
海抜は1609メートル、南米のチチカカ湖に次ぐ世界で2番目の高山湖で、少し塩分を含んでおり、面積は琵琶湖の9倍ほどである。
ちなみに、キルギスは国土のほとんどが1000メートル以上の山岳地帯で形成されている。
しかし、この湖は真冬でも凍結しない。
「イシク・クル」とは現地キルギス語で「熱い湖」の意味がある。
イシク・クルは謎の湖といわれている。
湖底に7世紀から15世紀にかけての住居跡やチムール帝国の離宮の煉瓦積み建物跡、
人の手によってつくられた石積みの跡、水差しやヤカン、土器といった生活用品などが沈んでいるからだ。
そして、驚くべきは、この神秘のイシク・クルに足を踏み入れた日本人が既に明治時代にいたことである。
名前は西徳二郎、外交官(のちには外務大臣)であった。彼は、1880(明治13)年ロシアからの帰途、この地を訪れた。
そして、このときの旅の様子を『中亜細亜記事』(明治19年 陸軍文庫)に著わし、そこには次のように記されている。
「この湖水の奇なるは水底に家屋の跡あり、且つ時々人骨、破瓦、古器の類沙灘に上ることあり。土人相伝え言う、上古ここに一大都府あり。その中に井あり、一日、水この井より洶涌(きょうよう)して悉(ことごと)くその都府および近傍の地を没すと」。
そして、さらに興味深いのは、イシク・クルの水は井戸から勢いよく湧出し、
周辺の町や村を湖底に沈めたという伝説があるという西の後半の記述である。
確かにこれを裏付ける伝説は多い。